Atmospheric Speedcore(アトモスフェリックスピードコア)とは
BPM 250から400を超えるスピードコアのキックドラムを、アンビエントの広大な残響空間の中に置いた音楽である。速度と静けさという相反する要素を同時に成立させるため、音の役割分担が独特で、キックは低域と中域のごく狭い帯域に押し込
BPM 250から400を超えるスピードコアのキックドラムを、アンビエントの広大な残響空間の中に置いた音楽である。速度と静けさという相反する要素を同時に成立させるため、音の役割分担が独特で、キックは低域と中域のごく狭い帯域に押し込められ、その周囲の広い空間を長いリバーブをかけたパッド、持続する弦楽器風の和音、逆再生したシンセ、雨や風、都市の環境音を録音した素材が埋める。パッドの和音進行は数十秒に一度しか動かず、キックが刻む極端な速さとの間に大きな時間感覚の落差が生じる。この落差によって、聴き手は激しく打ち鳴らされているのに走っている感じがしない、宙に浮いたような知覚に置かれる。ドラムパターンは単調な連打を基本とし、装飾はほとんど加えられず、代わりにフィルターの開閉やディレイの帰還量を長い時間をかけて変化させることで展開が作られる。ミックスでは中高域を意図的に丸め、耳に刺さる成分を削るため、近い、または重なる速度帯のテラーコアやスピードノイズと比べて音量を上げても疲れにくい。歌もサンプルの絶叫もほとんど使われず、10分を超える長尺の曲も珍しくない。踊るためではなく、ヘッドフォンで没入するために作られたスピードコアである。
成り立ち
1990年代半ば、ドイツのハードコアシーンには単なる高速化以外の道を探る一群がいた。象徴的な拠点はハンブルクのFischkopf Hamburg(通称Fischkopf)で、実験的でありながらハードコアテクノでもある作品を出していた。もう一つの震源はベルリン周辺で、1994年にAlec EmpireらがロンドンでDigital Hardcore Recordingsを設立した(録音は主にベルリン)。Christoph de Babalonは、ハンブルクのFischkopfからデビューし、1997年にDHRから発表したイフ・ユーアー・イントゥ・イット・アイム・アウト・オブ・イットは、ダークアンビエントとリズム主体の電子音楽を結びつけた作品として評価されている。ウェールズの兄弟によるSomatic Responsesは、Cross Fade Enter Tainment(CFET)や、Ant-Zen系列のHymen Recordsから作品を発表し、硬質なリズムと繊細な音響を両立させる方向を推し進めた。1990年代後半に、アンビエントとスピードコアの結びつきから、アトモスフェリック・スピードコアという語が生まれたとされる(単一の出典による)。その後、テンポの引き上げ競争に飽きたスピードコアの作り手たちが、あえて情感や空間性を持ち込む実験を続けた。この呼称は、ネットレーベルの作品タグとして使われてきた。流通は当初から無償ダウンロードが中心で、金銭的な成功を初めから想定していない代わりに、10分を超える曲や商品にならない構成を自由に試すことができた。現在はBandcampやSoundCloudを主な発表の場とし、ドローンやダークアンビエント、さらにはブラックゲイズの聴き手とも緩やかに重なりながら、少人数の作家によって続けられている。
代表曲
- Lacrima Mosa Est (Sunhiausa Bootleg)
- Destroyer (Brunatny)
- Silence (Brunatny)
- Drukkna (Nandavaka)
- Industrial Soul Recycling (Nandavaka)
- Awaken (Brunatny)
- Fake World (Brunatny)
- Hard Drive (Brunatny)
- New Age Depression (Nandavaka)
- Endurance (Brunatny)
- Night (Brunatny)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Speedcore
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