Fujiとは
ナイジェリアのヨルバ人ムスリムの間で発達した、打楽器と歌が中心の音楽である。初期は弦楽器をほとんど入れず、ジュジュがギターを軸とするのに対し、こちらは太鼓と振り楽器を中心に音の全体を作る。ただしギター、キーボード、ベースギターなど
ナイジェリアのヨルバ人ムスリムの間で発達した、打楽器と歌が中心の音楽である。初期は弦楽器をほとんど入れず、ジュジュがギターを軸とするのに対し、こちらは太鼓と振り楽器を中心に音の全体を作る。ただしギター、キーボード、ベースギターなども使われる。中心となるのは、砂時計形の胴を持ち音の高さを自在に変えられるトーキングドラム、浅い枠に皮を張った太鼓、瓢箪に網を掛けた振り楽器、そして金属の打楽器である。これらが幾重にも重なり、複数の周期が同時に進行する密度の高い織物を作る。後年には電子鍵盤や吹奏楽器が加えられることもあるが、骨格はあくまで打楽器である。テンポは中庸から速く、絶えず変化する。歌唱がもう一つの核で、独唱者が長い旋律を朗々と歌い、合唱が短い応答を返す構造を取る。旋律にはイスラームの詠唱に由来する装飾的な節回しが色濃く、アラビア語の語句が挟まれることも多い。歌詞は依頼主や有力者への讃辞、社会の出来事への論評、道徳的な教訓、そして自らの偉大さの誇示が中心である。曲は極めて長く、一つの演奏が30分以上続くこともある。
成り立ち
この音楽の起源は宗教的な実践にある。イスラームの断食月において、信徒は夜明け前に食事を取る必要があり、その時刻に人々を起こして回る役割を担う若者たちがいた。彼らは太鼓を叩き、歌いながら街を巡ったのである。この目覚ましのための音楽が、断食月以外にも演奏されるようになり、次第に独立した娯楽の音楽へ発展した。この転換を主導した創始者として広く認められるのがSikiru Ayinde Barristerである(起源をめぐってはKollingtonとの論争もあった)。Barrister自身の説明では、この音楽の名は、空港で見た日本の富士山の広告に由来する。本人は別の機会に、愛と平和を表す山で、4文字で発音しやすいから選んだとも述べている。彼は1970年代を通じて編成を拡大し、この音楽の様式を確立した。同時期、Kollington Ayinlaが最大の競争相手として現れた。2人は互いの名を出さずに相手を攻撃するアルバムを出し、その応酬自体が聴衆の楽しみとなった。険悪な対立は1980年代前半が中心で、のちに和らぎ、1983年には2人が並んで葬儀に参列している。1980年代から1990年代には、Wasiu Ayinde Marshalが「Talazo Fuji」と呼ばれる形で若い層に広め(鍵盤などの導入者とする報道もあるが、Barristerがすでに使っていたという本人の証言もある)、Adewale Ayubaがより洗練された形を示した。この音楽の社会的な機能は独特である。演奏は結婚式や命名式、葬儀といった通過儀礼の場で行われ、その場で歌手は参加者の名を呼び上げて讃える。讃えられた者は舞台へ進み出て紙幣を歌手の額に貼り付けるという慣習があり、これが演者の主要な収入となる。つまりこの音楽は、共同体における地位と富の可視化の装置でもある。2010年にSikiru Ayinde Barristerが死去した後も、Pasumaら現代の代表的な演者が受け継いでいる。
代表曲
- Consolidation (Wasiu Ayinde Marshall)
- Precaution Pt. I (Ayinde Barrister)
- Fuji Garbage (Ayinde Barrister)
- Kasabubu (Kollington Ayinla)
- Maturity (Ayinde Barrister)
- Adura Medley (Ayinde Barrister)
- Eje K'Ayinde Gbaiye Medley (Ayinde Barrister)
- Pataki L'omo (Kollington Ayinla)
- Unity (Kollington Ayinla)
- The Ultimate (Wasiu Ayinde Marshal)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Highlife
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