Ndombolo(ンドンボロ)とは
コンゴ民主共和国で1990年代に確立した、スークースを継ぐ高速のダンス音楽である。前身との大きな違いは構成の比重にある。こちらは、セベネと呼ばれる高速の器楽部分が長く続き、歌の部分より長いセベネを持つ傾向がある。この部分のテンポは
コンゴ民主共和国で1990年代に確立した、スークースを継ぐ高速のダンス音楽である。前身との大きな違いは構成の比重にある。こちらは、セベネと呼ばれる高速の器楽部分が長く続き、歌の部分より長いセベネを持つ傾向がある。この部分のテンポはおおむね120から150 BPM前後で、複数のエレクトリックギターがそれぞれ別の短い音型を反復し、反復の長さがずれることで、音が織物のように目まぐるしく絡み合う。ギターの音色は高音を強く出した細く鋭いもので、音をつぶす歪みの効果はかけられない。低音は短く切られた音を裏拍に置き、ドラムは打ち込みと生演奏を併用して硬く速い刻みを保つ。欠かせないのが、客を煽る役の存在である。この役を担う者は歌手とは別に立ち、演奏中に短い掛け声を高速で連射し、踊りの動作を名指しで指示し、支援者の名を呼び上げる。この声の連射自体が打楽器的な役割を果たし、聴衆を追い立てる。曲は長く、後半は延々と同じ循環が続く。言語はリンガラ語である。踊りは腰を激しく動かす形式で、音楽と不可分に発達している。
成り立ち
1990年代のコンゴ民主共和国は、きわめて深刻な状況にあった。1997年に30年以上続いたMobutu政権が崩壊し、その前後から東部を中心に大規模な戦争が始まる。この一連の紛争は近隣諸国を巻き込み、飢餓と疾病を含めて数百万の死者を出したと推計されており、第二次世界大戦以後で最も多くの人命が失われた戦争のひとつとされる。首都キンシャサでは、経済が崩壊し公務員の給与も支払われない状況が続いた。この極限の状況で、この音楽は爆発的に流行した。人々が現実から逃れる手段であったと同時に、演奏者にとっては数少ない収入の道でもある。名称の由来には諸説あり、戦争中に敗走する兵士のぎこちない歩き方への揶揄とも、「壊れた脚の小人」と風刺されたカビラ(Laurent-Désiré Kabila)の歩き方を指すとも言われる。スラングで強い大麻を指す言葉からという説もある。ンドンボロの起源には諸説があり、楽団Promise Musicaの団員による共同創作とする説や、1995年ごろの振付師Radja Kulaの功績とする説もある。普及で重要な役割を果たしたのはWenge Musicaという集団で、そこから分裂したWerrasonとJB Mpianaの2人が、キンシャサを二分する激しい対立を繰り広げた。この対立は音楽的な競争であると同時に、支援者を巻き込む社会現象でもあった。Koffi Olomideは前の世代から続く大物として君臨し、Awilo Longombaはアフリカ各地と欧州のアフリカ系コミュニティで高い人気を得る。この分野の経済構造は特異である。演奏者の重要な収入源のひとつは、裕福な支援者の名を歌の中で呼び上げることへの謝礼であり、そのため曲の後半は名前の羅列となることも多い。この慣行は、音楽が富を見せびらかす道具になっているという批判を招いてきた。また踊りの露骨さを理由に、2005年にはコンゴ国内で放送が制限される措置が取られている。Koffi Olomideは後年、踊り手の処遇をめぐってフランスで有罪判決を受けており、この分野の労働環境の問題も明らかになった。現在はFally IpupaやFerre Golaが中心となり、アフリカ全域で聴かれ続けている。
代表曲
- Eloko Oyo (Fally Ipupa)
- Loi (Koffi Olomide)
- Coupé Bibamba (Awilo Longomba)
- Ndombolo (Koffi)
- Sielumuka Ngwasuma (Zaïko Langa Langa)
- Seben (Ferré Gola)
- Kokoko (Werrason)
- Selfie (Koffi Olomidé)
- Cuidado Niang's (Werrason)
- Effrakata (Koffi Olomidé)
- Koyimbi Ko (Werrason)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Soukous、 Highlife、 Son Cubano
影響を与えたジャンル
Afropop、 Afrobeats
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