Turbo Folk(ターボフォーク)とは
1980年代末以降の旧ユーゴスラビア圏、とくにセルビアで発達した、民謡的な歌い回しと電子的なダンスビートを合体させたポピュラー音楽。旋律の骨格はバルカン半島とオスマン帝国由来の音階、とりわけ増2度を含むヒジャーズ系の旋法にあり、歌
1980年代末以降の旧ユーゴスラビア圏、とくにセルビアで発達した、民謡的な歌い回しと電子的なダンスビートを合体させたポピュラー音楽。旋律の骨格はバルカン半島とオスマン帝国由来の音階、とりわけ増2度を含むヒジャーズ系の旋法にあり、歌手は語尾を細かく揺らすメリスマと、鼻にかかった強い発声で歌う。伴奏にはアコーディオンや金管楽器に加え、シンセサイザーが中心的に使われ、ドラムマシンが四つ打ちや高速の2拍子を刻む。途中で加速するコロ(輪舞)風の器楽間奏が挿入されることが多い。近年はハウス、レゲトン、トラップのビートを取り込み、ラップのパートを持つ曲もある。歌詞は不倫、嫉妬、金、酒、復讐、都会での孤独といった通俗的で直截な主題を扱い、しばしば露骨な性的表現を含む。ミュージックビデオは高級車、ナイトクラブ、豪邸、露出の多い衣装といった記号で構成される。実際に鳴っている場所はカファナと呼ばれる酒場、屋外の巨大なクラブ、そして結婚式であり、隣国のチャルガ(ブルガリア)、マネレ(ルーマニア)、タリャヴァ(アルバニア)とは兄弟関係にある。
成り立ち
1980年代後半から1990年代にかけての、当時のユーゴスラビア(現在のセルビアを中心とする地域)で発展した。Lepa Brenaは、伝統的なフォーク歌謡にディスコ的なアレンジを施し、この様式の先駆者とする見方がある。起源については複数の説に分かれている。Ceca(出生名Svetlana Veličković)は、1988年に録音デビューし、1995年に犯罪組織の首領で準軍事組織の指導者でもあったArkanと結婚した後、さらに知名度が高まり、1990年代を代表するスーパースターとなった。ユーゴスラビア紛争(1990年代)の時代には、ターボフォークが民族主義的な感情や戦時下の享楽主義と結びつけられ、政治的に強く物議を醸すジャンルとなった。「ターボフォーク」という名称自体は、モンテネグロ出身のソロ音楽家Rambo Amadeusが、自分の風刺的な音楽を冗談で「ターボフォーク」と呼んだもの(1988年の記事に用例がある)で、のちにこの語が別の実際のジャンルを指すようになった。2000年代以降はそうした政治色が徐々に薄まり、セルビアだけでなくバルカン半島全域で楽しまれるパーティーミュージックとして定着している。Jelena Karleušaも、この潮流を代表する歌手の一人である。ターボフォークは、1960年代半ばに成立し、1980年代にはユーゴスラビアの芸能市場を支配していた商業的フォーク歌謡「新作フォーク音楽(ノヴォコンポノヴァナ・ムジカ)」の発展形である。セルビアのレーベルGrand Productionは1998年に設立された大手で、ターボフォーク系を含む多数のフォーク系歌手を擁し、歌手Dragana Mirkovićも一時所属した。知識層からは政治指導者スロボダン・ミロシェヴィッチ政権時代の退廃・享楽主義を象徴する存在として批判的に語られることも多く、単なる音楽ジャンル以上の社会的・政治的な含みを持つ言葉として現在も議論の対象になり続けている。
代表曲
- Jugoslovenka (Lepa Brena)
- Gospodine... (Hurricane)
- Nisam ja za tebe (Brkovi)
- Ide maca oko tebe (Jelena Karleuša)
- Crni bombarder (Roki Vulović)
- Nisi u pravu (Jelena Karleuša)
- Kukavica (Ceca)
- Keš (Goga Sekulić)
- Tata (Baja Mali Knindža)
- Vrati mi se ti (Dragana Mirković)
- Maskarada (Ceca)
- Ornela (Brkovi)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Folk、 Chalga、 Manele
影響を与えたジャンル
Chalga、 Manele
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