Arabic Pop(アラビックポップ)とは
アラブ世界の伝統的な旋法と歌唱法を、現代的な編曲と制作技術に接続した大衆音楽。音階の中核はマカームと呼ばれる旋法体系で、西洋の十二平均律には存在しない四分音、すなわち半音のさらに半分の音程を含む。とりわけラースト、バヤーティ、ヒジ
アラブ世界の伝統的な旋法と歌唱法を、現代的な編曲と制作技術に接続した大衆音楽。音階の中核はマカームと呼ばれる旋法体系で、西洋の十二平均律には存在しない四分音、すなわち半音のさらに半分の音程を含む。とりわけラースト、バヤーティ、ヒジャーズといった旋法が頻繁に用いられ、ヒジャーズの増2度を含む音階は、この音楽の異国的な響きの源となっている。編成は伝統楽器と現代楽器の混成で、ウード(撥弦楽器で、ネックにフレットがないため微細な音程を出せる)、カーヌーン(70本以上の弦を持つ箱型の琴で、小さなレバーで音程を四分音単位で変えられる)、ナイ(葦の縦笛)、そしてダルブッカとリクという打楽器に、シンセサイザー、電気ベース、ドラムマシン、弦楽合奏が加わる。リズムはイーカーアートと呼ばれる型の体系に従い、代表的なマクスームやサイーディーが用いられる。歌唱は最重要の要素で、聴き手を陶酔に近い情感の状態へ誘うこと(タルアブ)と、旋律を引き伸ばして情感を込める歌い回しが評価の基準となる。歌詞は恋の情熱と苦悩、故郷、信仰を、古典的な詩の語彙を交えて歌う。
成り立ち
20世紀前半のエジプト、カイロが出発点である。1920年代から1930年代にかけて、ラジオ放送とレコード、そして映画産業がカイロに集中し、この都市がアラブ世界全体の文化的な首都となった。中心にいたのはUmm Kulthum(1904年頃から1975年。1898年説もある)で、農村の宗教歌手の家に生まれた彼女は、コーランの朗唱で鍛えた発声を武器に、エジプト最大の国民的存在となった。彼女の月一回の生放送は、放送の夜には街が静まり、人々がラジオの前に集まって聴いたと言われるほどの聴取率を記録し、一曲が40〜45分ほどに及び、一回の公演は数時間に及んだ。並行してMohammed Abdel Wahabが、西洋の楽器・旋律・リズムをアラブ音楽に取り入れる改革を進め、その西洋音楽志向を批判された。彼は後にUmm Kulthumのために作曲も手がけている。1950年代、Gamal Abdel Nasserの汎アラブ主義の政策下で、音楽は国家的な統合の道具として位置づけられ、ラジオ放送サウト・アル=アラブ(1953年にカイロ放送の30分番組として始まった)が全域に電波を送った。レバノンではFairuzが、Rahbani兄弟の作曲により、より簡潔で近代的な歌の形式を確立し、内戦下のベイルートにおいても国民の象徴であり続けた。1980年代、エジプトでHamid Al Shaeriが主導したアル=ジールと呼ばれる若者向けの音楽が生まれ、Amr Diabらが1990年代にこれを地中海的な明るい音と結合させた。彼の1996年のNour El Ainは、エジプトのポップ歌手として国際市場に出た代表例となった。2000年代以降は衛星放送のミュージック・ビデオ専門局と、レバノン制作のSuperstarやStar Academyなどの歌唱オーディション番組が主要な発見の場となり、近年は配信とサウジアラビアの文化政策の転換により、湾岸諸国が新たな市場と資金の中心になりつつある。
代表曲
- Tamally Maak (Amr Diab)
- Nour El Ain (Amr Diab)
- Ah W Noss (Nancy Ajram)
- Ya Banat (Nancy Ajram)
- Ajmal Ihssas (Elissa)
- Ya Tabtab wa Dallaa (Nancy Ajram)
- Akhasmak Ah (Nancy Ajram)
- Ya Salam (Nancy Ajram)
- Yabn El Halal (Haifa Wehbe)
- Boos El Wawa (Haifa Wehbe)
- Bastanak (Elissa)
- 180 Daraga (Tamer Hosny)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Mahraganat
影響を与えたジャンル
Mahraganat、 Raï、 Turkish Pop、 Shaabi
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