Cantopop(カントポップ)とは
香港を中心に、広東語で歌われる大衆音楽である。この音楽を語るうえで避けて通れないのが言語の性質で、広東語は音の高さの変化によって語の意味が変わる声調言語であり、六つから九つに分類される声調を持つ。そのため作詞は、メロディーの音の上
香港を中心に、広東語で歌われる大衆音楽である。この音楽を語るうえで避けて通れないのが言語の性質で、広東語は音の高さの変化によって語の意味が変わる声調言語であり、六つから九つに分類される声調を持つ。そのため作詞は、メロディーの音の上げ下げと、各語の声調の動きを一致させることが強く求められるが、実際には不一致も少なくなく、聴き手は文脈で意味を補う。この厳しい制約のもとで、作詞家は意味と音の両立という高い職人技を発達させた。先に旋律を作り後から歌詞を当てはめる方式が定着した背景には、外国曲を借りて詞を付ける慣行などもある。音楽的には西洋のポップスの枠組みを基本とし、1970年代から1980年代は生の弦楽器と管楽器を用いた豊かな編曲、1980年代半ば以降はシンセサイザーと打ち込みが主流となった。曲の組み立てははっきりしていて、感情の頂点に向かって上っていくメロディーと、転調による盛り上げが多用される。歌い方は感情を抑えず、伸びやかに歌い上げる形が好まれる。歌詞は恋愛が中心だが、都市生活の哀感、庶民の生活、そして時に社会への言及が織り込まれる。映画やテレビ番組の主題歌として作られる例が極めて多く、映像作品と一体で記憶されている点も大きな特徴である。
成り立ち
1960年代までの香港では、洋楽の英語曲や標準中国語の歌謡の方が格上とされ、広東語の歌は庶民層向けの音楽と見なされていた。このこの序列をひっくり返したのが1970年代前半である。1970年代前半、テレビドラマの主題歌(1972年、1974年など)が広東語で歌われて大きな反響を呼び、1974年には許冠傑が、街の庶民の生活や労働の苦労を軽妙な広東語で歌う楽曲を発表した。彼は英語の教育を受けた大学出身でありながら、あえて日常の話し言葉を歌詞に用い、広東語で歌うことは恥ずかしくないという意識を社会に定着させた。1970年代後半から1980年代にかけて、香港の経済成長とテレビ産業の拡大に伴い、この分野は黄金期を迎える。羅文が芝居がかった歌唱で存在感を示し、譚詠麟と張國榮がメディアに対立構図を描かれ、梅艷芳は曲ごとに姿を変える表現力で女性の象徴となった。ロックの側では、黃家駒率いるBeyondが、商業主義に流されない社会的な歌詞と力強い演奏で若者の支持を集めた。制作面では、日本の歌謡曲やニューミュージックの楽曲に広東語の詞を付け替えて発表する方式が広く行われ、中島みゆきや谷村新司らの作品が香港で大ヒットするという現象も起きている。1990年代には、張學友、劉德華、黎明、郭富城の4人が四大天王と称されて市場を広く制したが、外見と話題性を重視する売り出し方に対しては、音楽性の停滞を招いたという批判が根強い。この時代は悲劇も重なった。1993年に黃家駒が日本のテレビ番組の収録中の事故で死去し、2003年には張國榮が自ら命を絶ち、同じ年の暮れに梅艷芳が病により死去している。1997年の香港返還後は標準中国語の比重が増し、2000年代に台湾のMandopopの台頭や2003年の張國榮・梅艷芳の死などが重なって、広東語の作品の勢いは衰えていった。それでも2010年代以降、香港の社会状況と結びつく形で、広東語で歌うこと自体に文化的な意味を見出す若い世代が現れ、この音楽は新しい局面を迎えている。
代表曲
- Boundless Oceans, Vast Skies (Beyond)
- Under Mount Fuji (Eason Chan)
- Best Frenemy (Eason Chan)
- Glorious Years (Beyond)
- Snow Falling (Priscilla Chan)
- Monica(Leslie Cheung)
- Summer Romance(Leon Lai)
- Dreamlover (Faye Wong)
- Heroine (Miriam Yeung)
- Boundless Oceans (Beyond)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Mandopop、 Pop
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