Kompa / Compas(コンパ)とは
ハイチで生まれた、極めて滑らかで抑制の効いたダンス音楽である。テンポは速い曲から遅い曲まで幅があり、最大の特徴は拍の刻み方にある。低音とドラムが、拍を淡々と打ち続け、カウベルが拍を刻み、フロアタムがシンコペーションを加え、そこにハ
ハイチで生まれた、極めて滑らかで抑制の効いたダンス音楽である。テンポは速い曲から遅い曲まで幅があり、最大の特徴は拍の刻み方にある。低音とドラムが、拍を淡々と打ち続け、カウベルが拍を刻み、フロアタムがシンコペーションを加え、そこにハイハットが細かい分割を重ねる。この、一定の脈拍のように途切れない律動が、身体を密着させてゆっくり回転する踊りに対応している。跳ねたり急いだりせず、常に同じ歩幅を保つことが最も重要とされる。編成は、トランペットやトロンボーン、サックスを含むフルバンドと、管楽器をほとんど使わず電気ギター、エレキベース、ドラムなどで組む小編成(ミニ・ジャズ)が併存する。管楽器が入る場合は、斉奏で覚えやすい音型を吹き、間奏では独奏を回す。ギターは高音域で短く和音を刻むか、旋律的な単音を弾く。鍵盤楽器は和音を厚く敷き、時に電子的な音色が前面に出る。和声は単純な三和音の循環が中心で、明るい長調が多い。歌唱は力まず、柔らかく甘い声質が好まれ、複数の声による和音が加えられる。言語はハイチのクレオール語が中心で、英語、スペイン語、フランス語で歌われることもあり、歌詞は恋愛と祝祭が中心だが、政治的な暗示を含むこともある。同じカリブ海のズークとは、互いに影響し合う関係にある。ズーク・ラヴは事実上フランス領小アンティルのコンパで、次第にコンパと区別がつかなくなった。
成り立ち
1955年、ハイチのサックス奏者Nemours Jean-Baptisteが、ドミニカのメレンゲが流行していた時期に、その影響を受けた新しい様式を打ち出した。彼はこれを直接の拍という意味の名で呼び、瞬く間に国民的な人気を得る。創始者はNemoursとされるが、Sicotも共同創始者の一人とする説がある。数年後の1959年から1962年ごろ、盟友でありながら競争相手でもあったSicotが、別の名を冠したよく似た様式(カデンス・ランパ)を打ち出した。2人は歌詞で互いを揶揄し合うほどの競争関係となった。1957年、François Duvalierが権力を握り、ハイチは独裁体制下に入った。秘密警察による恐怖政治のもと、多くの知識人と芸術家が国外へ逃れ、あるいは沈黙を強いられる。この状況で音楽は、直接的な批判を避けながら人々の連帯を保つ数少ない場となった。1968年に結成されたTabou Comboは、間もなく活動の拠点をニューヨークへ移し、1974年にはその街を主題とする楽曲で国際的な成功を収める。彼らはハイチ本国だけでなく、ニューヨーク、マイアミ、モントリオール、パリに散らばった移民の共同体をつなぐ役割を果たした。実際、この音楽の歴史は移民の歴史と不可分である。1986年に独裁体制が崩壊した後も、政情不安と貧困は続き、音楽家の多くは国外を拠点とせざるを得なかった。特異な事例として、Sweet Mickyの芸名で下品な振る舞いによって人気を得た歌手Michel Martellyが、2011年にハイチの大統領に選出されたことが挙げられる。音楽家が国家元首となったこの出来事は、この国における音楽の社会的な位置の大きさを示している。近年ではCarimiやT-Viceといった集団が、より現代的な音で若い世代を惹きつけた。Carimiは2016年に活動を終え、2022年に再結集して公演を行っている。この音楽は依然としてハイチ人の集まる場所の中心にある。
代表曲
- Fem voyé (Joé Dwèt Filé)
- Aux Antilles (Tabou Combo)
- Mabouya (Tabou Combo)
- Min M Konnen (Tabou Combo)
- Jalou (Nickenson Prud'homme)
- Sensation (Bidi Bidi Bam Bam) (T-Vice)
- Buzz (Carimi)
- Nou pran devan (T-Vice)
- Ma Seule Folie (Djakout Mizik)
- New York City (Tabou Combo)
- Chalè Lanmou (Tabou Combo)
- Kompa Mato (Carimi)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Merengue
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