Reggae(レゲエ)とは
ジャマイカで生まれた、拍の裏側を強調するリズムを核とする音楽。最大の特徴はスキャンク(またはバン)と呼ばれるギターとピアノの奏法で、小節の裏拍に、短く切った和音(スタッカート)を置いて鳴らす。この結果、表拍に置かれるはずの重心が抜
ジャマイカで生まれた、拍の裏側を強調するリズムを核とする音楽。最大の特徴はスキャンク(またはバン)と呼ばれるギターとピアノの奏法で、小節の裏拍に、短く切った和音(スタッカート)を置いて鳴らす。この結果、表拍に置かれるはずの重心が抜け落ち、音楽全体が後ろへ引っ張られるような独特の浮遊感が生まれる。テンポは60〜90BPMとゆったりしており、ロックステディよりさらに遅い。ベースは主役であり、低音域で歌うような旋律線を弾き、1小節の中で意図的に音を抜いて空白を作る。この空白がリズムの呼吸になる。ドラムはワン・ドロップと呼ばれるパターンが典型で、1拍目のバスドラムを鳴らさず3拍目にキックとリムショットを同時に落とす。他にロッカーズやステッパーズといった型もあり、ステッパーズは4分音符すべてにキックを入れる四つ打ちとされることが多い。ロッカーズは、ワン・ドロップより低音が動く型で、定義には資料によってばらつきがある。オルガンは裏拍を中心に刻むバブルという奏法で霧のような持続感を作る。管楽器のセクションが時折リフを差し込み、パーカッションではナイヤビンギ由来の手叩き太鼓が加わることもある。歌唱はメロディアスなものからトースティングと呼ばれる語りに近いものまで幅広い。歌詞はラスタファリ運動の信仰、バビロン(抑圧的な体制)への批判、貧困、大麻、愛と多岐にわたる。ミキシング卓でトラックを抜き差しし残響を加えるダブの手法も、レゲエから直接派生した。
成り立ち
1960年代後半のジャマイカ、キングストンの貧困地区で成立した。前史として、独立前後のジャマイカではアメリカのラジオから流れるR&Bが人気で、それを模倣しつつ裏拍を強調したスカが1960年代前半に流行した。The SkatalitesがStudio Oneで大量のスカを録音し、Don Drummondのトロンボーンが名声を得たが、Drummondは1965年に恋人が刺殺体で発見され、1966年に有罪(心神喪失)とされ、1969年に精神病院で死去するという悲惨な最期を迎えている。スカのテンポが踊りづらくなったことなど複数の要因が重なり、テンポを落としたロックステディへ移行したとされるが、その経緯については諸説ある。猛暑の夜に踊り続けるためにテンポを落としたという伝説的逸話も語り継がれる一方、Studio Oneで若いドラマーがスカのテンポに追いつけなかったためという説や、バンドリーダーのLynn Taittがレコーディング中にテンポを落とすよう提案したという説もある。いずれにせよ1966年前後にロックステディへの移行が起き、さらに1968年前後にリズムがより複雑化してレゲエが生まれた。名称の初出はThe Maytalsの1968年「Do the Reggay」とされる。制作の中心はサウンドシステムという移動式の巨大な音響装置を持つ興行師たちで、Clement Coxsone DoddのStudio One、Duke ReidのTreasure Isle、後にはLee Scratch PerryのBlack Ark、King Tubbyのミキシング工房が競合した。彼らは、米国のR&Bの供給が減って地元の新曲の需要が高まったことや、他所にない曲を独占したい競争から、自ら録音を始め、それがレーベルへ発展した。同じ伴奏トラック(リディム)を複数の歌手に歌わせる方式が定着し、ヴァージョンやダブという概念を生んだ。思想面ではラスタファリ運動が決定的で、エチオピア皇帝Haile Selassie Iを神の化身とみなす信仰と、アフリカ回帰の思想がレゲエの歌詞に浸透した。Bob MarleyはThe Wailersとして1963年から活動し、1972年にIsland RecordsのChris Blackwellと契約、1973年の「Catch a Fire」でロック市場向けにギターとキーボードを重ねた仕上げを施され、世界的に広まった。1976年にはジャマイカの政治抗争の渦中でMarleyが自宅で銃撃され負傷しながら2日後のSmile Jamaicaコンサートに出演、1978年のOne Love Peace Concertでは敵対する二大政党の党首Michael ManleyとEdward Seagaの手を舞台上で握らせた。Marleyは1981年に悪性黒色腫のため36歳で死去。その後レゲエはダンスホールへ主流が移り、Sly & Robbieらのデジタル化を経て、イギリスではUKレゲエやラヴァーズロック、さらにジャングルやドラムンベースの低音文化へ、アメリカではヒップホップのサウンドシステム文化へと影響を広げた。
代表曲
- Red Red Wine (UB40)
- Is This Love (Bob Marley & The Wailers)
- Three Little Birds (Bob Marley & the Wailers)
- No Woman, No Cry (Bob Marley and the Wailers)
- Pass the Dutchie (Musical Youth)
- Jamming (Bob Marley & The Wailers)
- Stir It Up (Bob Marley & The Wailers)
- One Love (Bob Marley and the Wailers)
- Rat Race (Bob Marley & The Wailers)
- Uptown Top Ranking (Althea and Donna)
- Israelites (Desmond Dekker)
- Pressure Drop (Toots and the Maytals)
- 54-46 Was My Number (Toots and the Maytals)
- Get Up, Stand Up (Bob Marley and the Wailers)
- Rivers of Babylon (The Melodians)
- Many Rivers to Cross (Jimmy Cliff)
- Do the Reggay (Toots and the Maytals)
- Equal Rights (Peter Tosh)
- Everything I Own (Ken Boothe)
- The Harder They Come (Jimmy Cliff)
- Could You Be Loved (Bob Marley & The Wailers)
ルーツ(影響を受けたジャンル)
Rocksteady、 Post-Punk、 Punk Rock、 Hip Hop、 Dub、 Dancehall、 Afro-Fusion、 Ska
影響を与えたジャンル
Dub、 Jungle、 Reggaeton、 Dancehall、 Roots Reggae、 Post-Punk、 Punk Rock、 Hip Hop
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